三彩摘(さんさいつみ)

↑里山エリア

↑史跡エリア
2月14日(土)、多井畑自治会館(須磨区多井畑)及び周辺の史跡や里山にて、写真を撮りながらまちの魅力を発見する「三彩摘(さんさいつみ)」が初めて開催され約30人が参加した。(主催/須磨区地域協働課 協力/umiyama design lab、労働者協同組合hata、 多井畑自治会、社会福祉法人シティライト、シオヤプロジェクト)
〝歩いて、撮って、見て、聞いて 3つのまちの彩りを発見しよう〟がキャッチコピーの同イベント。インスタントフィルムカメラを片手に、六甲山系西端の3つのまち(須磨区多井畑・長田区丸山・垂水区塩屋)を、そのまちに詳しい案内人と歩いて回った。各地域ごとに3回連続のイベントで、多井畑では3月19日・20日に取材日(2月14日)に撮影した写真を使って展示物を制作し、3月21日・22日は写真展及びトークイベントが開催された。※トークイベントは21日のみ(長田区丸山、垂水区塩屋地域の開催日は異なる)
はじめに多井畑自治会長の増井良夫さんから同地域の歴史や暮らし、村の成り立ちについて説明があった。日本最古の厄除けの霊地と伝えられている多井畑厄除八幡宮。摂津と播磨の国境に位置し、重要な場所となっていた。多井畑はかつて海と陸の分岐点にあたった。地質学では約千五百万年前に形成された神戸層群に属しており、地層には貝化石や植物化石が含まれる。粘土質の土壌のため、稲作・里芋栽培に適していたことなどが説明された。参加者は午前に史跡エリアを巡るA班と里山エリアを巡るB班に分かれ、まちあるきを開始。午後は逆のコースを巡り、1日をかけて楽しんだ。
史跡エリアは増井会長が同行。在原行平に愛された多井畑の村長の娘たち松風と村雨(本名 もしほ、こふじ)が化粧をした逸話が残る「鏡の井」や、多井畑厄神で必勝祈願した源義経が一休みしたと言われる「義経腰掛の松」などを巡った。古くからの生活のなごりとして、農業用の水路や野菜の洗い場、令和2年まであった火の見やぐら跡を紹介。道が細い理由が、牛車が通れば十分だと考えられていたことなど、地元民だからこその情報に参加者は多くの発見を楽しんだ。
里山エリアに同行したのは須磨FRSネットの髙畑正さん。古くから人の暮らしと自然が共存してきた地域で、約100haの里山にはタヌキ、イタチなども生息している。電柱も電線もない昔ながらの風景が残っており、田んぼの畔には稲束を乾燥するための稲架(はざかけ)クヌギがあったり、畑の脇には「自由に持ち帰り下さい」の言葉とともに、穫れたての大根や白菜が並んでいた。里山には竹林が広がるが、手入れが追い付かず荒廃している箇所もあり、美しい竹林を再生させるためにボランティアが放置竹林から管理竹林にする取組みを行っている。無煙炭化器を使用して竹炭を作っている作業場や交流広場にも立ち寄った。
参加者は「近くに住んでいるが、こんな近くにきれいな里山があるんだと気づけた。デジタルの地図を見てもわからなかった」と驚いていた。また「普段はスマホのカメラで撮った写真がすぐ見られるけど、今日は使い慣れないフィルムカメラで撮ったので、どんな風に撮れているのか仕上がりを見るのが楽しみです」との声もあった。親子で参加した河内圭子さん、晴瑠さん(小3)は「昔からの細い道が面白かった」「静かで景色がきれいだった。自然がいっぱいでいいなと思った」と話した。
増井会長は「初めて多井畑を訪れた方にも楽しんでいただき、いい印象をもってもらえたようでうれしいです」と微笑んだ。

義経腰掛けの松