アーティスト石村嘉成のキセキ ~発達障がいのわが子と歩んで~

1月17日(土)、垂水レバンテホール(垂水区日向)にて、令和7年度市民福祉セミナー「アーティスト石村嘉成のキセキ~発達障がいのわが子と歩んで~」が開催され、約330人が参加した。(主催/社会福祉法人神戸市社会福祉協議会 市民福祉大学)
2歳で重度の自閉症と診断されながらも、画家として色彩豊かな作品を生み出し続け、国内外で高く評価されている石村嘉成さんとその成長を支え続けた父・和徳さんによる講演会が行われた。
嘉成さんは1994年生まれで愛媛県新居浜市在住。絵の題材は幼い頃から大好きな動物で、この日は会場の入口とステージに象、カメレオン、ハシビロコウ、羊の作品が飾られた。作品の周りには多くの来場者が集まり、生の作品の迫力を楽しんでいた。
嘉成さんと絵画の出会いは高校の美術の時間に先生から線の豊かさを見出され勧められたことから。卒業式の前日に初めて作品が入選し、全校生徒の前で表彰され、皆に祝福された時の喜びは今でも忘れないと語る。卒業後も先生から月に数回指導を受け、作品づくりにますます没頭していった。
小学校時代、母の有希子さんは毎日嘉成さんの教室に付き添い、学校生活を支えた。問題行動が出る前に制し、やるべきことを目で伝える。授業に迷惑をかけられないので、家庭とは違い、声を出して注意できない学校での付き添いだった。育児の目標として〝社会に受け入れられる、一緒にいて楽しいと思われる子に、感謝できる子に、この子にしかない魅力を持った子に育ってほしい〟と願っていた。しかし、嘉成さんが小学5年生の夏、40歳という若さで息を引き取った。死の間際まで嘉成さんのことを案じ、亡くなる2日前には病床で嘉成さんを強く抱きしめたという。嘉成さんは「お客さんに喜んでもらって、いつか天国のお母さんに喜んでもらいたい」と話した。
妻を亡くしシングルファーザーとなった和徳さんは、会社経営の激務と両立させながら嘉成さんの療育を続けた。「幼少期はコミュニケーションがまったく取れませんでした。目を合わせない。呼びかけに反応しない。あやしても笑わない。こだわりが強い。パニックを起こしたら泣き叫ぶ。情緒の障害だと言われていた時代に情報収集に奔走し、トモニ療育センターの河島先生に辿り着きました。ここでは嫌がっても泣いても座らせる。譲らないで何度も繰り返し教えること、自閉症児の機嫌をとって教えない。常にこちらがリードすることを学びました。子どもの育児と教育には〈適切さ〉と〈一貫性〉と〈継続的〉のすべてが必要で、しかも徹底して行われた時、療育の効果が生まれます。親としての覚悟と冷静な判断に基づいた厳しさも必要だと思います。子どもは、それが深い愛によって実践されていることをよく知っています」と語った。
京都から訪れた稲葉美知枝さんは「闘病中の5年ほど前、偶然フェイスブックで嘉成さんのヒクイドリの絵を見ました。なぜだか涙が溢れ、この人は動物の気持ちが分かるのだと思いました。絶対に会いに行きたいと治療し、今では全国で開催される嘉成さんの展示会に通い力をもらっています。この秋はニューヨークでの個展も楽しみにしています」と目を輝かせた。
講演後には版画実演が行われ、真剣な眼差しで版画を刷る嘉成さんの姿を来場者は見守った。数人の来場者は一緒にバレンを使って手伝うこともできた。仕上がったばかりの象の作品を嘉成さんが持ち上げ、会場に向けると大きな歓声が上がった。
嘉成さんは「両親は動物園にたくさん連れて行ってくれたり、動物の絵本を見せて、僕が一番好きな動物と過ごす時間をくれました。これからももっとたくさんの動物の絵を描いて、自分の作品で支えてくれる人を勇気づけたいです」と満面の笑みを見せた。
石村嘉成さんホームページ

版画実演中の嘉成さん

刷り上がった象の作品

会場に展示された、象とカメレオンの作品