数々のエッセイコンテストに入賞

須磨区神の谷在住の濱本祐実さん(64歳)は、メールをやりとりしていた知人・友人たちから「あなたのメールを読むのが楽しみ、何か書いてみたら」と勧められたことをきっかけに執筆を始めたという。応募したエッセイは、今年で40周年を迎えたエッセイコンテスト「香・大賞」(主催/香老舗 松栄堂)では1930点の応募の中から銅賞に輝いた。昨年は「プロミスエッセーコンテスト」(主催/産経新聞社)で大賞を取るなど、この数年で受賞を重ねている。
「どこかでくすっと笑えるようなおもしろい文を」と話す濱本さん。エッセイの素材は、幼い息子の大胆な行動に驚かされたことなど幸福な思い出もあるが、震災後の体験など苦い記憶も多数ある。暗い背景で始まった文章でも、人物の鮮明な描写、切れのある構成に、読者は人間の持つ強さを感じ安堵できるのが濱本さんの作品の強みとなっている。
2017年から通っている神戸市外国語大学サテライト(旧ユニティ)の英会話講座で英語のエッセイも執筆。半年の間、ほぼ週1本のペースで書き続けた。英語のエッセイは「評論」で、日本の「随筆」とは質が異なるというが、英語の試験の長文のような、きれいなだけの文章にならないように気をつけて書いていると話す。
自身の病気で早期退職してから執筆を始めたが、このままで良いのか悩み、パートに出る方が良いのでは、と周りに相談を持ちかけることも。「台所の椅子に座り長時間執筆を続けていたら坐骨神経痛になっちゃって。その時、今後の投資として高い椅子を買ったから、その分は取り戻そうという最初の目標がありました」と話す中にも「くすっと笑える」要素を欠かさない。
現在はエッセイのほかにも自身が30年住む街、名谷を舞台にした小説を書き始めたところ。須磨パティオを思わせるショッピングモールなどを舞台にしつつ、故・大海一雄さん(西神ニュータウン研究会前代表)の著書を参考に土地の歴史にも触れる。この辺りのことをもっと知りたくて、と濱本さんはバスや徒歩でのフィールドワークも始めた。登場人物たちがより深く名谷の魅力を掘り下げる物語になりそうだ。
【以下に濱本さんの新作エッセイを掲載】
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『神戸っ子の秘訣』(濱本祐実さん)
四十年前、結婚で神戸にやって来た。友人も羨む異人館のあるおしゃれな港町だが、私を待っていたのは意外にも孤独な時間。知人もおらず道すら知らず、異郷の地へ迷い込んだ気分だった。そんな私を夫はよく外出に誘ってくれた。特にお気に入りだったのは、板宿の山側にあるお好み焼き屋。
夫が独身時代に入り浸った店の主は、話し上手で上品なおばさんと朴訥なおじさん。二人は自分の息子が結婚したかのように私を歓迎し、街の様々な話題を聞かせてくれた。その間は孤独から解放されるようで、心が安らぐのだった。
神戸独特のメニューを覚えたのも、この店。スジ焼き、モダン焼き、オムそば、とん平焼き、明石焼。次々挑戦する中、ただ一つ注文しなかったのが、そばめし。見た目で敬遠するという、完璧な食わず嫌いだったのだ。
そうして避け続けていたある日、店に居合わせた全員に押し切られるような形で、私はとうとうそばめしを注文した。
よっしゃ、とばかりにおじさんが鉄板でキャベツを炒める。周りの人の会話が弾む中、私はひとり聞き役に回っていた。まだ古里の言葉が抜けず、神戸の言葉も操れない。口数少なく切り抜けようと身構えていたのだ。
突然おじさんが手を止め、私の目を見た。
「なぁ、知っとう?」
「はい?」
「京都は八代で京都人、江戸っ子は三代、って言うやろ? けど神戸はちゃうねんで」
「……?」
「神戸はな、住んだら誰でも神戸っ子や」
「住んだら……?」
「そうや、あんたもワシも神戸っ子やで!」
いたずらっ子のようなおじさんの笑みにつられ、私も笑う。ホンマや、エエこと言うで、と周囲も盛り上がり、店中で大笑いした。
なんと懐の深い街。異郷の人を受け入れ続ける港町は誰も拒みはしない。私も神戸っ子として、胸を張って日々を過ごせばいい。
胸の内のぼんやりした霧が晴れていった。
おじさんたちがこの世を去り、店の看板が変わった今も、あの言葉が私の中から消えることはない。ずっと神戸っ子のまま、この先も変わらずにいる。
あの日初めて口にしたそばめしは極上の味だった。神戸っ子になる秘訣は簡単──ここに住んで旨いそばめしを食べる。
おじさんも、きっと頷いてくれる。